男性不妊の方へ
不妊の原因は、女性だけに問題があるわけではありません。男性に何らかの原因がある場合も多く、2003年に日本受精着床学会が行なった不妊治療中の方によるアンケート調査では、男性因子が33%と3分の1を占めていることが報告されています。
不妊治療は、女性が産婦人科を受診するイメージが多いと思いますが、男性に原因があることも考えられるため、男女ともに受診して検査を受けることが推奨されます。女性の不妊治療を行う医療機関を介しての男性側の検査や、男性妊活を行う泌尿器科などがあります。
生殖の仕組み、影響を与える因子、男性不妊とその原因や治療などをご紹介します。
精子が作られるまで
女性の卵子は胎児期に全て作られますが、男性は思春期の二次性徴期から精子が作られるようになり、その後、年齢に関わらず精子を作ることができます。
精巣内にある精細管には精子のもととなる細胞があり、ここで男性ホルモンなどの影響を受け74日間かけて精子が作られ、精巣上体を通るうちに成熟し、長い精管と尿道を通り外へ出ることになります。
一度の射精で放出される精子は約3億個と言われ、その大きさは約0.06mmと、顕微鏡でやっと見える大きさです。精子の形はおたまじゃくしに似ており、頭部と中間部、尾部、終末部から構成され、頭部に遺伝情報を有する核が入っています。精子は運動性を有しているのが特徴で、射精とともに卵子へ向けて尾部をくねらせ走行します。
女性の膣内は、細菌が外部から侵入することを防ぐために酸性に保たれているため、精子が子宮に到達できるのは数個程度で、ほとんどが途中で死滅してしまいます。無事に子宮にたどり着くことができた精子の一つが、頭部の先に含まれる酵素で卵子の膜を破り入り込むことで受精が成立します。
男性による不妊は、主に精子の製造過程造での機能障害と考えられています。
厚生労働省子ども・子育て支援推進調査研究事業 我が国における男性不妊に対する 検査・治療に関する調査研究(平成27年度)のわが国における男性不妊に対する検査・治療に関する調査資料によると、男性不妊治療実施7253名の診断・要因別では、造精機能障害が最も多く82.4%、性機能障害が13.5%、閉塞生精路障害が3.9%でした。
男性が妊活のときに注意すること
男性の妊活にあたり、精子の質や量がとても大切です。生活で精子の質や量に影響を与える因子には、①温度、②電磁波、③喫煙・飲酒④医薬品、などが知られています。
①温度
精子は体温より低い温度33℃前後が適温とされ、陰嚢が体内より低温となる位置にあるのはこのためです。温度上昇で精子数は減少します。下着ではブリーフよりもトランクスなど、密着を避けることができる通気性の良いものが精子質や量を良好にしますし、肥満でも陰嚢温度の上昇が起きれば、精子の質や量に影響があります。 引用)Mínguez-Alarcón L et al.,Hum Reprod. 2018 Sep 1;33(9):1749-1756.
②電磁波
Wifi環境は精子に悪い影響を与えることが知られています。パソコン、スマートフォン、電子レンジなど、電磁波を放つ場からできるだけ離れる方が良いとされています。
例えば、膝上にパソコンを乗せて作業する、などは、温度の上昇と電磁波の両方に問題が生じることが考えられますので避けた方が好ましいと思われます。
しかし、日常生活には欠かせなくなっているので、長時間の使用は避けたり、膝上でのPC操作は行わない、ズボンのポケットにスマホなどを入れないなど、生活上での工夫が必要です。
引用)Kesari KK et al,Reprod Biol Endocrinol. 2018 Dec 9;16(1):118. doi: 10.1186/s12958-018-0431-1.
③喫煙 飲酒
喫煙や飲酒は、精子濃度や運動率などの質に影響することが報告されています。特にビール350缶1本、ワイングラス1杯程度であればさほど影響しないと言われています。 引用)Boeri L et al.,Asian J Androl. 2019 Feb 26. doi: 10.4103/aja.aja_110_18. [Epub ahead of print]
④医薬品
AGA治療薬の5a還元酵素阻害剤(フィナステリド、デュタステリド)は、アンドロゲンを減少させるため、精子濃度や量を減少させるなどの性機能障害を起こします。性機能障害や、造精機能障害など、すでに男性の不妊治療を行うときには、AGAの治療は一旦中止して、妊活を優先することが必要かもしれません。詳細は必ず主治医の先生とご相談ください。 引用)Drobnis EZ et al.,Adv Exp Med Biol. 2017;1034:59-61.
男性不妊の原因と治療
- 無精子症
- 乏精子症、精子無力症、奇形精子症(OAT症候群)
- 精索静脈瘤
- ED(勃起不全)
- 射精障害
これらの男性不妊の原因における、西洋医学での治療法と漢方での対応をご紹介します。
西洋医学では、一つ一つの症状に対応する治療を行いますが、漢方では、同じ症状であっても、その方の体質によって、対応が異なり、体質改善によって、症状が出なくなることを目標としています。体質によっては、様々な症状を併発することもありますので、対応が重複することもあります。
無精子症
精液中に精子が見当たらない状態です。精子は精巣で作られているが精子が外へ通ることができない閉塞性無精子症と、精子を作る過程で問題が生じている非閉塞性無精子症に分類できます。
閉塞性無精子症の場合、精子の通り道(精路)を作ることで妊娠の可能性が高まります。具体的には、閉塞している部分を切除し精路をつなげる精路再建術が行われます。
そのほか、先天的に精管がない場合や幼少期に行われた鼠蹊部などの手術により閉塞してしまった場合などもこの手法で治療を行います。
近年ではTESE(精巣精子採取術)やMD-TESE(顕微鏡下精巣精子採取術)と呼ばれる方法も実施されるようになってきています。
TESEは、閉塞性無精子症でかつ、精子が精巣で作られていると考えられる場合に選択され、精巣を切開して精子を探し出すという方法です。これに対し、MD-TESEは、精巣を切開して精細管自体を取り出して精子を探し出す方法です。非常に高度な技術が必要となるため、この手術を受けることができる医療機関は限られています。
中医学による養生
・腎陽虚(精液が薄く、冷たい、量が少ない、粘液に塊を含む、性欲減退、頻尿、夜間頻尿、元気がない、冷え、だるさ、手足のひえ、無力感、舌色淡白、舌苔白、脈無力などの症状が見られる)体質の場合には補腎陽剤を中心とした適応となり、生活習慣では冷えを取る養生をお伝えします。
・腎陰虚(時に夢精、陰部の汗がない、性欲亢進、勃起しやすい、寝汗、多夢、喉の渇き、 水分をよくとる、イライラ、不眠、肌の乾燥、手足のほてり、舌色赤い、舌苔少、脈細などの症状が見られる)体質の場合には補腎陰剤を中心とした適応となり、生活習慣では、夜更かしを避ける、辛いものなどの香辛料を避けるなどの養生をお伝えします。
・気滞血瘀(精液量が少なく粘っこい、もしくは、数滴、性欲は正常か亢進傾向、自覚症状なし、検査で異常、下腹部痛があることも、怒りっぽい、胸脇部が張る、顔色が暗い、夕方に胸が苦しい、感情的になると手足が冷える、舌色紫暗、瘀斑などの症状ば見られる)体質の場合には、疎肝活血剤を中心とした適応となり、その方のストレス状況をうかがい、ストレス解消に向けての養生をお伝えします。
乏精子症、精子無力症、奇形精子症(OAT症候群)
精子の数が少ない、動きが悪い、奇形精子が多い場合を総称して、OAT症候群と呼ばれています。その基準となる標準値は下記の通りです。
その主な原因は、精子を作る機能に何らかの問題が生じている、精索静脈瘤を有している場合が多く見られます。
中医学による養生
・腎陽虚(精液が薄く、冷たい、量が少ない、粘液に塊を含む、性欲減退、頻尿、夜間頻尿、元気がない、冷え、だるさ、手足のひえ、無力感、舌色淡白、舌苔白、脈無力などの症状が出る)体質の場合には補腎陽剤を適応とした処方により対応し、生活習慣では冷えを取る養生をお伝えします。
・腎精虚(精液は量が少なく薄くサラサラ、陰部は汗ばんでいる、寝汗、脱毛、耳鳴り、物忘れ、不眠、集中力の欠如、足腰のだるさ、舌色紅、舌苔少ない、脈細弱などの症状が出る)体質の場合、補腎精剤を中心とした適応となり、不規則な生活習慣を避け、食生活も確認して、後天の精(生活習慣などで養える腎気)を養える養生をお伝えします。
・気血両虚(脾虚精少)(精液量が少ない、ED、夢精、発汗しやすい、食欲不審、お腹が張りやすい、軟便、疲れやすい、顔色が白い、足腰がだるい、舌胖大、歯跡舌、舌苔白滑、脈虚弱などの症状が出る)体質の場合、補気、補血剤を中心とした適応となり、第一に疲れを癒し、エネルギーを充実させ、血(血液を含む栄養素)を養える生活養生をお伝えします。
・食積痰湿(射精時の灼熱感、陰部の汗ばみ、時に夢精、多汗、上半身の寝汗、口渇があるが飲めない、口が粘る、便秘、便が硬い、排尿量少、イライラ、顔が赤い、歯跡舌、舌苔黄色、脈滑数などの症状が出る)体質の場合、燥湿化痰剤、利湿剤を中心とした適応となり、暴飲暴食が多くないか、ストレス状況などを伺い、体質改善に向けてのアドバイスを行います。
精索静脈瘤
精巣やその付近の静脈瘤は、精巣の温度が上昇して機能低下をきたし男性不妊を招きます。左右の精巣や陰嚢に違いがある場合や腫れを認める場合、陰嚢にでこぼこと波打っているような所見が見られる場合は、精索静脈瘤の疑いがありますので、専門の医師に診察してもらうことをお勧めします。
治療法
外科的手術が一般的で、鼠蹊部よりも高い場所で逆流を起こしている血管を結紮する高位結紮術と、それよりも低い場所で結紮する低位結紮術があります。高位結紮術の場合は数日の入院を必要としますが、低位結紮術は日帰りで実施している施設もあります。手術後は2〜3か月で精子の状態が良くなり、妊娠率の向上が期待できます。
中医学による養生
・血瘀(肩こり、頭痛などの痛み、皮膚のくすみ、シミ、舌色紫暗、瘀斑などの症状が見られる)体質の場合には、活血剤を中心とした適応となり、血瘀を生み出す、生活習慣、食生活がないかを確認し、改善に向けた養生をお伝えします。
・気滞血瘀(精液量が少なく粘っこい、もしくは、数滴、性欲は正常か亢進傾向、自覚症状なし、検査で以上、下腹部痛があることも、怒りっぽい、胸脇部が張る、顔色が暗い、夕方に胸が苦しい、感情的になると手足が冷える、舌色紫暗、瘀斑などの症状ば見られる)体質の場合には、疎肝活血剤を中心とした適応となり、ストレス状況を伺った上で、その方の生活習慣に取り入れられる養生法(飲酒や、暴食などにならないように)をお伝えします。
・気虚血瘀(精液量が少ない、ED、夢精、発汗しやすい、食欲不審、お腹が張りやすい、軟便、頻尿、疲れやすい、筋肉がつきにくい、顔色が淡白か黄色、舌胖大、歯跡舌、舌苔白滑、脈虚弱などの症状が出る)体質の場合には、補気剤、活血剤を中心とした適応となり、疲れを癒し、エネルギーを充実させて血液や栄養素などの代謝を高めるための養生をお伝えします。
ED(勃起不全)
勃起が十分でないために、満足な性交をすることができない状態であり、勃起に時間がかかる場合や途中で勃起しなくなる場合などが含まれます。
EDの原因は、主に加齢、器質的疾患、ストレスや薬剤の影響などが考えられます。
勃起とは、性的な興奮が脳に伝わることで、血管が集まるスポンジ状の陰茎海綿体に大量の血液が流れ込み内圧が上がり起こる現象です。そのため、高血圧や糖尿病などの生活習慣病による動脈硬化や血管の損傷、神経伝達の過程で生じた何らかの障害は、EDの要因となります。また、加齢は血管の弾力低下をきたし硬化が進むためEDが起こりやすくなります。
さらに、心理的ストレスも原因です。忙しさや日常的な疲れのほか、近年では、妊活における排卵日のプレッシャーです。妊娠するためには、排卵日前後の性交が非常に重要ですが、子供を作ることだけを目的とした性交自体をストレスに感じる男性が多いため、排卵日を問わず日常的なスキンシップやコミュニケーションを取る工夫が大切です。
さらに、ある特定の薬剤によってEDが起こることもわかっています。
抗うつ剤や向精神薬など中枢神経に作用する薬剤や血管拡張薬や降圧薬など循環器系に作用する薬剤、胃潰瘍を治療する薬剤などはEDの要因となる可能性があります。薬剤が原因だと思われる場合は、服用を中止することで症状の改善が見られます。勝手な中断はせず、主治医や薬剤師と相談しましょう。
治療法
EDは、治療薬によって改善することができます。治療薬には、シルデナフィル(販売名:バイアグラ)、バルデナフィル(販売名:レビトラ)、一般名:タダラフィル(販売名:シアリス)があります。
国内で最も早く認可されたバイアグラは、すでにジェネリックが販売されています。レビトラはバイアグラと比べて食事の影響を受けにくく、シアリスは持続時間が長いという特徴があります。
これらのED治療薬は、偽物が巷に出回っているので注意が必要です。いずれも、高血圧の方や心筋梗塞の既往歴がある方への投与ができない場合がありますので、医師の診察時に薬剤や既往歴を正しく申告した上で処方してもらうことが大切です。
精神的な要素が強いEDであれば、カウンセリングを受けることもその改善に役立ちます。人には相談しにくい悩みを吐露し、心理的要因を取り除くことはその後の性生活にも良い影響をもたらします。
中医学による養生
・脾腎陽虚(勃起遅延、性欲減退、精液が冷たい、勃起時の硬さ不足、夢精、眠気、元気がない、冷え、倦怠感、手足の冷え、無力感、舌色淡白、歯跡、舌苔白、脈無力などの症状が出る場合)体質の場合は、補脾、補陽剤を中心とした適応となり、胃腸を元気にする食養生(元気になろう!と無理に食べすぎない、腹8分目、よく噛んで食べる)や、冷えを招かないための生活養生をお伝えします。
・腎陰虚(早漏、時に夢精、興奮しやすい、全身の寝汗、性欲亢進、勃起しやすい、多夢、喉の渇き、水分をよくとる、イライラ、不眠、肌の乾燥、手足のほてり、舌色赤い、舌苔少、脈細などの症状が出る)体質の場合、補腎陰剤を中心とした適応となり、生活習慣では、夜更かしを避ける、辛いものなどの香辛料を避けるなどの養生をお伝えします。
・気血両虚(心脾両虚)(精液量が少ない、ED、夢精、発汗しやすい、食欲不振、動悸、お腹が張りやすい、軟便、疲れやすい、顔色が白い、足腰がだるい、舌胖大、歯跡舌、舌苔白滑、脈虚弱などの症状が出る)体質の場合は、補気剤、補血剤を中心とした適応となり、第一に疲れを癒し、エネルギーを充実させ、血(血液を含む栄養素)を養える生活養生をお伝えします。
・食積痰湿(射精時の灼熱感、陰部の汗ばみ、時に夢精、多汗、上半身の寝汗、口渇があるが飲めない、口が粘る、便秘、便が硬い、排尿量少、イライラ、顔が赤い、歯跡舌、舌苔黄色、脈滑数などの症状が出る)体質の場合は、燥湿化痰剤、利湿剤を中心とした適応となり、暴飲暴食が多くないか、ストレス状況などを伺い、体質改善に向けてのアドバイスを行います。
・肝鬱気滞(精子の死亡率が高い、脇の下から下腹部にかけての痙攣痛、イライラ、ため息が多い、刺痛がある、鬱っぽい、夕方に熱っぽい、感情的になると手足が冷える、舌色暗赤、舌苔薄白、脈弦などの症状が出る)体質の場合は、疎肝剤を中心とした適応となり、ストレスの状態、熱症状の程度を確認し、それらを発散するための養生をお伝えします。
射精障害
何らかの問題によって射精ができない状態であり、特に膣内射精障害が最もよく見られます。これは、性交時に射精できない状態で、主に、床に擦り付けるなど習慣化してしまったマスターベーションによる刺激との相違が原因です。
治療
主にカウンセリングを受けることになりますが、長年の習慣を変えることが難しいようであれば不妊治療も同時に行います。
中医学による養生
強い刺激でなくても、射精を促すために、精力を高めることを目指して、補腎剤、活血剤を中心とした適応となり、西洋医学による対応をサポートします。
男性と加齢
男性は常に精子を作ることができるので年齢の影響は受けないと思われがちですが、最近では精子も老化するということがわかってきました。
日本生殖医学会によると、造精機能は加齢とともに低下し、流産率も高くなるという報告があるとされています。
ウイメンズ漢方では中医学の視点から、男性不妊症のご相談も承ります。
男性でお困りな場合もご相談に応じています。
男性不妊に対する情報は、社会全体で不足していることも感じています。
不妊症は男女ともに考えることが大切です。
お互いの状況、治療とともに生活習慣を考えたり、ご自分に向き合う時間でもあります。互いに協力しながら取り組めるよう、ご支援いたします。
参考資料
日本生殖医学会ウエブサイト:http://www.jsrm.or.jp/
日本産科婦人科医会ウエブサイト:http://www.jaog.or.jp/
日本受精着床学会・倫理委員会:非配偶者間の生殖医療に関する生殖補助医療に関する不妊患者の意識調査.日本受精着床会誌 2004;21:6-14
日本受精着床学会ウエブサイト:http://www.jsfi.jp/
厚生労働省子ども・子育て支援推進調査研究事業 我が国における男性不妊に対する 検査・治療に関する調査研究(平成27年度)
ザガーロインタビューフォーム:https://gskpro.com/content/dam/global/hcpportal/ja_JP/products-info/zagallo/zagallo-if.pdf
柴原浩章編著,エビデンスを目指す不妊・不育外来実践ハンドブック(中外医学社)